【裁判情報】フジ住宅の訴訟に関するブログ

フジ住宅が元従業員からヘイトスピーチに関する訴訟を起こされている。裁判の行方とフジ住宅の主張を本ブログで掲載する。

フジ住宅が出来た理由11

フジ住宅に関する情報をお届けします。
今回もフジ住宅の成り立ちをご紹介します。社長のインタビュー記事を抜粋しています。

“試練の山の向こうに

あのことがなければ敢えて苦労せずとも平凡に生きていけたかもしれない。それまでだって、可もなく不可もない人生だが満足していたのだ。あの事・・・それは責任感の強いことが唯一の取り柄であった、ごくごく普通の男であった私の前に立ちはだかる大きな山があった。しかし、この山は、後に私の人生観を大きく変えるとともに『人事を尽くして天命を待つ』という信条を与えてくれたのである。
俺がやらねば・・・

昭和四十六年、結婚して間もない二十五の時であった。ある事情で不動産会社に入社して二週間後、実家の長兄が急性結核で入院してしまった。健康保険制度も今ほど確立されていなかった為、入院費、食事代など、かなりの費用が必要になった。実家とて、父親が私の十八の時に亡くなった事もあり、貧しい生活だった。この時、私の心の中に「俺が何とかしなければ・・・」の気持ちが沸沸と湧いてきた。だが、入社したばかりの僅かな給料では兄の入院費もままならない。

当時、私は営業であったが、会社の給与体系は入社三ヶ月間は固定給、四ヶ月を過ぎるとすべて歩合給になる仕組みであった。歩合給になれば個人の営業成績(売り上げ)によって給料が決まってくる。成績を上げれば収入も増えるわけだ。だが、これとて営業の第一線に立たなければどうすることもできない。第一線に立つには、通常、入社後三ヶ月間の研修が必要であった。私には三ヶ月も待つ余裕はなかった。

もともと性格的には内気であり、営業などは自分に向いてないと思っていたのだが、この時ばかりは必死であった。兄のため、家族のために、今、自分がやらねばの気持ちが私を支えていた。責任感は、時に勇気を与えてくれる。私は営業会議の席で思い切って手を挙げ、ある事情でどうしてもお金がいる事を強く訴え、第一線に立つ許可を得た。とにかくお金が必要だった。”

次回もフジ住宅の基本情報についてご紹介していきます。