【裁判情報】フジ住宅の訴訟に関するブログ

フジ住宅が元従業員からヘイトスピーチに関する訴訟を起こされている。裁判の行方とフジ住宅の主張を本ブログで掲載する。

フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

今回もフジ住宅の訴訟・裁判に関する情報をお届けします。
今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。なお、最新情報は公式ホームページから抜粋しています。長いので分割してお届けします。

“3 教科書動員との主張(第3類型)に対して
(1)職場環境配慮義務違反との主張に対して
 原告は、「教科書動員」と主張する部分(第3類型)においても、被告らの行為は職場環境配慮義務違反であると述べるが、教科書展示会への参加とアンケートの提出等を呼びかけることもまた、憲法が国民に保障する表現の自由の行使の一つとして極めて重要であり、私企業内で使用者が労働者に対してなす場合であっても、単にそのことだけで表現の自由の保護が及ばないというものではない(なお、教科書アンケートが、「国民の意思を国や自治体を通じて公教育に適切に反映させる仕組み」の一つとしても重要であるという点については、被告今井第3準備書面4頁)。
 表現の自由の行使の違法性判断についてはその目的も重要な要素となるので、被告今井の教科書展示会参加等の呼びかけの動機についても触れておくと、知人から聞き及んで小学校の歴史教科書の南京事件の記載の有り様を知り、こんな教科書で教わっては子どもたちは歪んでしまう、なんとかせねばならないと思ったというのが、こういった活動を開始するきっかけとなった。そして被告今井は、その活動により、教科書の歴史記述が正されたり日本の偉人伝が多く紹介されたりすると、子どもたちが自信と誇りを持ち、いじめや非行等の問題、学力や親との関係性等にも好影響が生じ、子どもがよりよく成長できる可能性が高まると確信している(今井14、15頁。乙22・25頁)。これはまさしく純粋な公益目的である。
 それらの点を考え合わせると、やはり、教科書に関する呼びかけも表現の自由の一環として当然に適法であることが基本となり、もし社内でのそういった呼びかけが違法とされることがあるとするならば、具体的なその呼びかけの態様を吟味し、社員に対する参加の強制や提出するアンケート内容に関する過度な押し付けがある場合に限られるであろう。
 この点に関して尋問から改めて明確になったところとしては、原告にも、他の社員にも、教科書展示会やアンケートについては、希望者のみの自由参加であり任意の協力であることが十分周知され、実態としても参加しなかったり関心を示さない社員も多数おり、不参加であってもそのことが何ら社内の人事査定の資料とされたりなどの不利益な取扱いは全く受けていなかったことが挙げられる(原告24、54~56頁。菊池7頁。植木3、4頁。今井15、36頁)。
 原告は、業務時間内に社有車への乗り合わせで展示会を回って構わないと社内で被告らが打ち出したことをもって、業務性を帯びているかのようにも指摘するが(今井36頁)、失当である。被告今井の意図は、家族を抱えて忙しいパート女性の方など、賛同してくれる社員が展示会に行こうとしたときに、家庭生活やプライベートの時間に負担になるかもしれないので、そうならないように配慮したというところに尽きる(今井15頁)。
 こういう呼びかけの態様を見ると、教科書展示会参加自体にも強制はなく、アンケート記載の意見内容に関しても何ら押し付けはない。社員としては、教科書関係についても受け取った資料はせいぜい表紙を見て内容を確認し、趣旨に賛同できなければ、読まずに処分し、参加もしないという対応が可能である。”

次回はこの続きから紹介したいと思います。

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“2 政治的見解等の配布行為との主張(第2類型)に対して
(1)被告今井の資料配布の意図、目的
本件で原告から問題とされている「政治的見解等の配布行為」(第2類型)についても、被告今井としては、第1類型のヘイトスピーチであることが明らかな資料ないし人種的民族的差別を助長する資料と特に区別して資料配布をしているわけではない。
 よって、被告今井の資料配布の意図、目的は、前記1(2)で述べたのと同じであり、社員や家族のため、顧客や会社のため、社会や国、将来の子どもたちのためといった多様な目的が不可分一体となったものといえる。資料配布は、業務とも間接的な関連性があるというのも、これまで被告らが縷々主張してきたところである。

(2)職場環境配慮義務違反とされる点に対して
原告の問題意識は、職場という逃れられない閉じられた環境において、使用者という優越的な立場から、特定の思想信条や歴史観に基づいた資料配布が大量になされることは、その内容に異論を有する労働者の就業環境を悪化させるため、違法となりうるというものである。
 一方で、さまざまな場面において、政治的な意見やそれを形成するための情報を発表したり流通させたりすることは、憲法が国民に保障する表現の自由の行使として極めて重要であり、私企業内で使用者が労働者に対してなす場合であっても、単にそのことだけで表現の自由の保護が及ばないというものではない。そのこと自体は、原告も争うものではないと思われる。
 また、被告らが繰り返し主張しているとおり、資料配布等のツールによって私企業の経営者が自身の考えや価値観を従業員に打ち出し影響を与えようとすることは、企業理念の浸透や社員教育とも密接不可分であり、企業活動の一環としても保障されるべきところである。
 結局のところ、もし社内での政治的見解の資料配布が違法とされることがあるとするならば、具体的なその配布の態様を吟味し、社員に対する記載された意見の強制や過度な押し付けがある場合に限られるであろう。
この点に関して尋問から改めて明確になったところとしては、原告にも、他の社員にも、配布された歴史等に関する資料(政治的見解等)については、読む読まないは自由であると周知され(原告31頁。同37頁でも「完全には読んでいない」と原告は述べる。今井13頁)、読まなくとも何ら不利益処遇を受けることはなく、読んだか読んでいないかを上司や会社が確認することもその手段もなく、読んだかどうかやその意見への賛否を人事査定の資料とされたりすることもなく、歴史等に関するテーマについて感想文を書くようにと指示されることもなく(原告51、52頁。菊池6頁。植木1~3、24頁。今井13頁)、配布された資料を社内で捨ててしまう社員もいる(原告11頁)といった点が重要である。
 こういう配布等の態様を見ると、資料の閲読自体にも強制はなく、記載の意見に関しても何ら押し付けはない。社員としては、受け取った資料はせいぜい表紙や題名を見て内容を確認し、歴史等の記載テーマに関して関心が持てなかったり記述の論旨に賛同できなければ、読まずに処分するという対応が可能である。捨てるにあたり、目立たないようにするという配慮をする者がいたとしても、それが資料配布の違法評価を左右するものとは到底いえない。
 経営理念感想文では、被告今井の配布資料の内容に賛同する意見が多く掲載されるとしても、それは寄せられた感想文の実態を反映したものであり、それをもって意見の強制や押し付けがあると決めつけられるのは失当である。また、経営理念感想文集についても、閲読や感想表明は義務付けられておらず(今井13頁。乙22・29頁)、歴史等に関する資料についての感想文で原告が反発を覚えるものがあれば読まなければ、それにより特段の不都合はない。
 原告は、社員の感想文が被告今井の思想に賛同する内容ばかりであり、それが自分にとって圧迫的に感じたとの旨を主張しているが、社員が被告今井に感化されている実態が感想文集にそのまま表れているのであり、それは、思想の伝播、それを受けた呼応、感想文集という形での伝播呼応状況の発表の全ての局面において被告らと社員らの自由領域の問題であって、そういう実態自体を問題視するのもおかしい。
 原告は、配布資料の量的な面にもっぱら着目し、それを資料配布の違法性の中核とするようであるが、内容自体に問題がなく、相手への強制でもない表現が、量的な理由のみで違法評価された例はかつてないと思われる。職場というだけで、そういう表現の「内容規制」が許容されるのかは、大いに疑問である。”

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“イ 原告の主張する被侵害利益への疑念
 被告フジ住宅の職場環境配慮義務違反という形で原告が訴えている被害の実体は、結局のところ、感情的反感や政治思想的反発である(原告第6準備書面13頁以下。今井40頁でも、原告代理人は「世界観とか、自分の思想にかわるような内容とか、そういう資料の配布はやめてくれというふうに言うのは、正当な権利だというふうに思いませんか。」と問うている)。
 かかる被害の内実は、原告の主張する「差別的な言動にさらされずに就労する権利、人格的自律権、職場において自由な人間関係を形成する権利」という被侵害利益とは異なるものである。つまり、原告に対しては、「差別的な言動にさらされずに就労する権利、人格的自律権、職場において自由な人間関係を形成する権利」の侵害はない。
 1つめの「差別的な言動にさらされずに就労する権利」というものは「権利」と呼ぶべきかはさておいても、そのような法的保護に値する切実な利益が憲法13条の幸福追求権を根拠として認められうるであろうが、既述のとおり、被告らが社内配布した資料はヘイトスピーチでも差別助長文書でもなく、法的に許容される政治的意見論評ばかりであり、かつ、原告個人に向けた言論でもなく、原告が就労の場面において「差別的な言動にさらされた」という事実もない
 2つめの「人格的自律権」の侵害という点については、原告主張は、配布文書を閲覧したり、それに文書作成で応答したりすることが、「人格的自律を害する」というものであるが(原告第11準備書面7頁以下)、被告今井としては理解できない。人格的自律権というのは、言い換えると自己決定権であるが、配布文書の記載という他人の表現に触れただけで、仮にその者が不快を感じたとしても、何ら自己決定が侵されたわけではない。もし、無理矢理に特定の思想内容の文書の作成と発表を強制されたら、自己決定権の侵害が生じるということは考えられるが、原告からはそのようなエピソードは一切主張されていない。
 原告が述べたいのは、原告の思想信条を侵される危険があったということかもしれないが、それを過度に重視し規制すると表現の自由が無になる。表現の自由の本質が他人の内心に働きかけるというものだからである(被告今井第5準備書面8頁以下、同第6準備書面11頁以下)。また何より実態として、本件の資料配布によっても、原告の思想信条自体は何ら侵されてはおらず、尊重されている。
 3つめの「職場において自由な人間関係を形成する権利」というものも、一般論として、「権利」と呼ぶべきかはともかく、幸福追求権の一環としてその種の法的保護に値する利益はあるであろうが、本件では、原告に「職場において自由な人間関係の形成が阻害された」という具体的事実は見当たらない。
 結局のところ、原告が主張する人格権侵害の内実たる3種の利益の侵害は、立証されていない。”

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“ 原告は、自身が小中学校時代に受けた平和学習(甲110・3頁)のようなものは、中身によっては会社内で行われることも許容されうると考えるようである。少なくとも全否定はしていない(原告35頁)。しかし、それは、教育や配布資料の内容が、自分が肯定できるものは許容するし、自分が認め難いものは排除するという一方的なダブルスタンダードであり、職場環境という一見ニュートラルな立論には恣意が多分に含まれている。
 何より重要なのは、具体的に原告個人が社内で差別的言動に曝されたというエピソードがないことである。そのことは、原告も明確に自認している(原告38、39頁)。
 「社内で差別を受けるという被害」については、資料が配られている事実以外では、原告が「そんな韓国人はうそつきとか、そういったものが増えていく状況は本当に怖かったし、このまま広がっていったらどうしようかな、私どうしたらいいだろうという不安と、本当にみんな、そんなことを思い出したらどうしようという怖さがありました」(原告14頁)というように内面に生じた漠たる心配や思いを語るだけである。原告の陳述書(甲110)を見ても、「その攻撃が『私に向けられているのではないか?』と感じても」(17頁)とか、「従業員の中にも、実は私のような存在を批判的な目で見る人もいるのではないかと思うようになり」(18頁)、「上司の影響を受けて韓国人等に対して憎悪感情を持つ人が増えていくのではないかという不安の中で、同僚を信じて自由に話すことができない」(22頁)などと、自身の内面の被害的受け止めや不安が綴られているのみで、客観的な被害事象は何も起きていない。
 証人菊池も、被告フジ住宅内で、中国人、韓国人を差別するような言動が行われているところは見たことがないと証言している(菊池証人尋問調書7頁。以下、同調書の記載について、「菊池○頁」と記載する)。
 実際のところ、韓国批判の資料が配布されてそれを閲読したからといって、在日韓国人の同僚に対する憎悪感情を生じさせるような浅はかな思考をする社員は被告フジ住宅にはいないし、一般的にも、対韓関係の悪化やそれに伴う韓国(人)批判に影響を受けて、身近な在日韓国人に敵意を抱くような人間は、極めて例外的であろう。
 従軍慰安婦問題に関する韓国(人)の姿勢と、自分の隣にいる在日韓国人人間性を結びつけて考えたりは普通しないし、在日韓国人も世代を経るほどに民族性は薄まり、3世、4世といった代になると本国の韓国人との感覚や考え方は非常に異なるものになっているのが実情であることは、広く知られている(あるいは容易に想像できる)からである。
 原告は、在日特権に関する資料を配布された際に同僚に「あなたも税金払ってないのと聞かれました」(原告12頁)と供述するが、具体的にそのエピソードの説明を求められても、極めて曖昧な説明しかできなかったし(原告52~54頁)、そもそも身近な同僚にかように不躾な質問を「素直に聞く」(原告53頁)などという社員がいるとも考えにくく、何よりかかる重要なエピソードが陳述書(甲32、110)にも一切書かれていないのも非常に不審であること等も考え合わせると、原告供述は事実とは到底認め難い。
 原告が、著しい苦痛を受け、部門長会議資料の配布不要を申し出てそれが尊重されたにもかかわらず、自ら同僚から部門長会議資料をこまめに収集していた(原告21、22、40、54頁等)。原告は、「人によっては距離をとるために、誰がどんなことを書いているか知っておく目的で」入手していたと述べるが(原告22頁)、陳述書ではそれと異なり、「いつかのために、資料を残そうという思いだけ」だったと書かれている(甲110・11頁)。そのことからしても、実際は、労働基準監督署への持込や訴訟を意識しての収集、保存の行動だったと思われる。それ自体を被告らは非難するつもりはないが、部門長会議資料については「受け取りたくも読みたくなかった資料に、環境的に逃れられず、嫌々ながら曝された」というような被害の実情ではなかったことには、留意されるべきである。
 原告は、自身がパートのサブリーダーの任を解かれたことについて、その態度が反抗的に映ったためではないかとの旨も述べるが(原告44~46頁、甲110・19頁)、差別を受けた結果という主張ではない。また、実際は、原告が部門長会議資料を受け取らなかったからではなく、原告の仕事ぶりが立場にふさわしいものではなかったからである(植木証人尋問調書6頁。以下、同調書の記載について、「植木○頁」と記載する)。”

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“オ 大阪弁護士会の勧告について
 原告のなした人権救済申立に対して今般大阪弁護士会がなした勧告(甲125)の内容には、被告らは承服できない。人権侵害があったかどうかは、この裁判で判断されることである。
 ただ、弁護士会の今回の勧告書においても、資料配布の目的や、資料受領の強制の有無について「確かに、被申立人による上記資料配布は、申立人を被申立人の職場から排除することや申立人の人格権を侵害することを直接の目的とするものではなく、また、配布された文書を申立人が受領することが強制されていた事実は認められない。」(甲125・3頁)と事実認定がされている点は正当かつ重要である。

(3)職場環境配慮義務違反とされる点に対して
原告は、ヘイトスピーチないしそれに類する差別助長の資料の配布行為に関する被告フジ住宅の違法性ないし責任根拠として、職場環境配慮義務違反を主張しているが、被告らとしては、ヘイトスピーチないしそれに類する差別助長の資料の配布行為とされるものは、ヘイト性も差別助長性も否定される結果、せいぜい第2類型の「政治的見解等の配布行為」の一部に位置づけられることになると考えている。
 その「政治的見解等の配布行為」においても、違法性ないし責任根拠として職場環境配慮義務違反が主張されているので、そちらの項(後述2)で、補充の反論をする。

(4)原告の被害の実情
ア 主観的な被害感情のみ
 原告の陳述書(甲32、110)提出を経て、原告本人尋問を経ていっそう明らかになったのは、原告が受けた被害とされるものが、結局は、自身の主義主張に相容れない表現に接して主観的に不快であったということに尽きるという点である。
 原告が象徴的な例として挙げた「日狂組の教室」という漫画や、従軍慰安婦に関連する論考等に接したときに、原告は大きな苦痛を覚えた旨を供述したが(原告6~11頁等)、その内実は、歴史認識や思想性の違いからくる不快感や感情的反発に過ぎない。また、原告の受け止めに関しても、「ついには『戦争してくださってありがとう』という感想文が経営理念感想文に選ばれるに至りました(甲19の99頁等他多数)。」などと述べられているが(甲110・16頁)、甲第19号証の99頁の感想文を見ても、先の戦争の文脈とは別に「国作りをしてくれた先人達に感謝して」と書かれているのみであり、原告による要約は全く理解し難い。原告は被告らの資料配布について、「韓国人はうそつきとか、日本人は正しくて美しいと思えないのは反日だ、異国だ、売国奴みたいなことを広めだして」と一言でまとめるが(原告20頁。原告本人尋問調書の原文ママ。なおこの部分の「異国」という調書記載は「売国」が正しいと思われる)、それもあまりに一方的な総括であり、被告らからすると原告の曲解以外の何物でもない。被告らとしては、同様の曲解が原告には多いのではないか、そして特定の表現に対する曲解に基づく不快感まで法的保護の対象にせよというのは不当なのではないかとの強い疑問を拭えない。”

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フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

今回もフジ住宅の訴訟・裁判に関する情報をお届けします。
今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。なお最新情報は公式サイトから引用しています。長いため分割して紹介します。

“ウ 今井の有する思想そのものに対する非難(原告第19準備書面)に対して
 原告第19準備書面で書きぶりが最も激烈なのは、被告今井の意図する「自虐史観の払拭」というものに対する思想的な面からの非難であった。
 原告は、「世界の歴史学の認識」だとか「日本及び世界の歴史学者が認める歴史的事実」として、戦前の日本に対する典型的な東京裁判史観にそのまま則った批判をなしているが(原告第19準備書面8頁以下)、「世界の歴史学」とか「日本及び世界の歴史学者」とは一体何を指しているのであろうか。世界と日本のスタンダードとなっているそのような史観や歴史的事実が、本当にあるとは被告らには思えない。
 大東亜戦争の評価に関して言うと、戦勝国国際法を無視して敗戦国日本の戦争犯罪を一方的に裁いた東京裁判においても、判事の中で唯一国際法の専門家だったインドのパール判事が、開戦に至るまでの経緯を仔細に検討し、「ハルノートのようなものつきつけられたら、モナコルクセンブルクでも戈をとってアメリカに立ち向かうだろう」と述べて、A級戦犯の被告人全員に対する無罪判決を出し、後世においても評価されている。そのパール判事も歴史修正主義者なのであろうか。
 また、原告は、大日本帝国と戦後の日本国は別であるという前提で、今井の思想を弾劾するが、被告今井としては、戦前の日本と戦後の日本の同一性も否定するような議論には全く同意できない。江戸時代以前から、明治期、大正期、戦前、戦中も含めて、我が国の父祖が必死に築いてきたものの積み重ねの上に今の日本の繁栄と平和があると謙虚に受け止め、感謝すべきというのが被告今井の考えである。

エ 顕わになった本件訴訟の本質、原告の目的(原告第19準備書面関係)
 原告側と異なり、被告らは思想そのものの当否を議論したいわけではない。思想や信念の違いが埋まらないのは、やむをえないことである。
 被告らとして指摘したいのは、原告第19準備書面の主張により、本件訴訟の本質や原告の目的が、「特定の思想に対する抑圧」であることが顕わになったという点である。
 原告が述べるところは、「被告今井は『大日本帝国』の思想を信奉する者」で、「被告今井が信奉する思想は非常に危険なもの」であり(原告第19準備書面10、12頁等)、そういった危険思想に基づく資料を自ら経営する職場内で多数配布することは職場環境を悪化させるもので違法だというものである。
 その主張の本質は、「今井の思想が危険だから広めるな」というものであり、職場環境云々は、実は従たる要素に過ぎない。
もし仮に、今井が配布していた資料が、左派とか革新の思想傾向のものであったならば、原告は決して違法だとは主張しないであろう。原告の言う「正しい」歴史認識というものに則った資料は、職場環境を悪化させないからである。
 しかし、それは露骨なダブルスタンダードであり、フェアな法律論とは言えない。特定の思想表現に対する、訴訟を利用した抑圧である。
 政治的な意見や言論に対し、危険思想などとレッテルを貼って弾圧するようなことは決して許さないというのが、現行憲法表現の自由のはずである。”

次回はこの続きから紹介したいと思います。

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今回もフジ住宅の訴訟・裁判に関する情報をお届けします。
今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。なお、ブログの内容は公式サイトから引用しています。文章が長いため、分割しているのでご理解ください。

“イ 業務との間接的な関連性
 原告からは、業務と関連性のない内容の資料を社内配布するのは問題であるとの主張も繰り返されているが、「自虐史観の克服」という被告今井の思いや信念と、社員の成長、会社の業績向上は、合理的につながっているというのが被告今井の認識である。具体的に要約すると、次のようなものである(今井10~12頁)。
 「社員のため、社員の家族のため、顧客・取引先のため、株主のため、地域社会のため、ひいては国家のために当社を経営する」というのが被告フジ住宅の理念である。同社は、顧客満足度日本一を目指しているが、社員が不幸で価値観が低いと、お客様の幸せを考えられない。社員が自信や誇りを持ち、家族と一緒に幸せになり、親兄弟や親友に家を買ってもらうような気持ちで顧客サービスができれば、顧客も満足し幸せになる。読んだ社員が見識と器量を高め、日本の良さをいっそう知ってこの国を好きになり、それにより自信や誇りを持ち、幸せになることにつながると考えて、資料を配っている。そういう意味で、資料配布は、結果として(間接的ではあるが)会社の業績にもつながる。
 被告今井の考えるそのような因果関係を図式化すると、「資料配布 → 読んだ社員の見識と器量(価値観)の向上、日本人としての自信や誇りの獲得 → 社員やその家族の幸せ → 顧客サービスの充実 → 顧客の幸せ、満足 → 会社の業績向上」ということになる。
 上記の意味で、「業務と全く関連性のない内容の資料が社内配布されている」という原告の指摘は当たらない。もちろん、「業務と関連性があるのかどうか」という判断は、立場や考え方によって違いが生じるものであろうが、社風の確立の仕方、社員教育のあり方、業績向上に向けた理念と実践方法などが直接反映される社内資料の配布判断については、民間企業の私的自治の中で、経営者の広い裁量が尊重されてしかるべきであって、簡単に違法評価されるべきではない(被告今井第5準備書面1頁以下、同第6準備書面15頁以下、19頁以下、同第7準備書面6頁以下、9頁以下等参照)。”

次回はこの続きから紹介したいと思います。